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金田一 樹生

金田一樹生(きんだいち みきお)は 有限会社ウィルプラントに務めるクリエイティブディレクター。北海道札幌市出身・在住。父は俳優の金田一仁志。苗字をネタに「事件があったら呼んでください。」と言うことがあるが、本当に事件があった場合はまず警察に連絡していただきたい。
ちなみにじっちゃんの名前は鉄男。

金田一 樹生
金田一樹生の高校時代の写真

高校時代は眉毛がなかったし、坊主だった。

出生 平成2年(1990年)9月6日
電話番号 090-2052-2410
メール kindaichi@willplant.tv
肩書 取締役 WEB事業部門統括
クリエイティブディレクター
入社 2019年6月
特技 写真の加工、レタッチアート
一度通った道を忘れない
受賞歴 2017年 北海道演劇宣伝美術賞 大賞

父の影響で1998年からミュージカルの舞台に立ち、歌とダンスを身につけるが2013年に腎臓に持病をもっていることが発覚、ミュージカルの道を離れることになる。その結果動かなくなったのに食べる量が変わらず太った。

が、最近病院に行ったら「腎臓問題ないねぇ」と言われた。治ったのか?ただ肥えただけの期間。

まずは、お話を伺うところから。

「何をしたらいいか分からない」
「なんとなく今のままじゃ不安」
そんな段階からご相談いただくことが多いです。

課題を整理し、方向性を見つけて、
必要であれば形にするところまで一緒に取り組みます。

できること(企画から実制作まで)

  • ● 企画・アイデア出し:壁打ち/ネーミング/構成案の設計
  • ● デザイン制作:ロゴ・名刺・チラシ・パンフレット等
  • ● WEBサイト制作:ホームページ・LP・ECサイト(WordPress/Shopify)
  • ● 映像制作:プロモーション動画/採用映像など(企画〜編集)
  • ● SNS・広告運用:投稿設計/広告配信/レポート分析
  • ● 業務の仕組み化:GAS・PHPを用いた自動化やルーチン整備

「誰に聞けばいいか分からない」
「まとまっていないけれど、なんとかしたい」
という内容こそ、お気軽にご相談ください。

まずは状況をお聞きすることから。
小さな違和感でも、放置すると大きな"事件"になりますので。

過去実績

  • 制作実績4
  • 制作実績1
  • 制作実績5
  • 制作実績3
  • 外壁塗装
  • パッケージデザイン
  • 制作実績2
  • フライヤー制作実績

写真加工が得意、だけど今はAIでいけちゃいそうだよねぇ、、

  • レタッチ作品1
  • レタッチ作品2
  • レタッチ作品3
  • レタッチ作品4

はじまり

専門学生時代、恩師から「卒業したらうちのデザイン事務所に来ないか」と声をかけてもらい、デザイナーという選択肢が視野に入る。しかし卒業後恩師から連絡がこず、半年後に偶然再会するも発言を忘れていたことが発覚。見返してやりたい一心でデザイナーになることを決意。
幸い舞台やバンドの友人が多くおり、チラシやCDジャケットの相談は多数あったため独学でデザインの勉強を始める。

友達の紹介で「デザイナーを探している」という事務所にジョイン。1ヶ月働いた結果1万円しかもらえず、デザインを教えてあげるかわりに安い賃金で働いてくれる人を探していたということが発覚。逃げるようにその事務所から去る。ちなみに労働時間はかなりブラックで、時給換算すると19円だった。

紙だけではスキルが足りないと気づく

コールセンターや便利屋、ダンスのインストラクターの仕事をしながら独学でデザインの勉強を続けるが、「これからの時代はWEBデザインができなきゃ話にならないのでは」と思い職業訓練に通う。
卒業後すぐにECサイトのWEBデザイナーとして就職するも1年半で倒産。

大手制作会社に転職、デザインとコーディングができるという理由で某大手ショッピングサイトのメルマガ制作ディレクターに抜擢される。効率化が好きだったこともあり自動化ツールを開発、7人で回していた案件を3人で回せるようになる。

会社の立ち上げに呼ばれる

大手制作会社に2年ほど勤めたのち、高校時代の友人が映像会社を立ち上げることになり、会社の立ち上げに関わる。その過程でサ◯トリーやサツ◯ラ、セ◯コーマート等のキャンペーンサイトの制作を担当する。

デザイン事業部を立ち上げたいという別の会社からも声がかかり、映像会社を退職。株式会社MovingVillageにてデザイン事業部FreelyVillageを立ち上げる。
親会社が飲食店の経営もしていたため原価計算や管理、ホットペッパーのレポートをもとにしたWEB戦略などにも関わるようになる。

また、同時期に恩師から連絡があり、専門学校の講師を引き継ぐことになる。

2018年、胆振沖地震をきっかけに経営が傾きデザイン事業部FreelyVillageは解散。
ちなみに地震が起きた9月6日は自身の誕生日であったため、停電はロウソクを消すためのサプライズかと思った。

独立する

専門学校で講師をしていたため、フルタイムで働くことはできないと判断。CREATIVE GOLDという屋号でフリーランスになる。
営業活動をする中で有限会社ウィルプラント吉井 千博と出会う。

仕事のやめ時がわからなくなり2回ほど身体を壊すが、段々と仕事とプライベートの境目がなくなり永遠に仕事を続けることができるマシンと化す。

willplantに入社

営業活動、制作業務、事務作業とフリーランス業務に疲弊しているところに吉井 千博が自宅に現れ有限会社ウィルプラントに誘われる。フリーランスの仕事と講師の仕事を続けながらという条件で、2019年6月に有限会社ウィルプラントに入社。WEBチームの立ち上げを始める。

2022年、フリーランスの仕事と専門学校の講師に区切りをつけ、有限会社ウィルプラントに全力で向き合う。
同年4月、取締役 WEB事業部門統括に就任する。